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2017年5月

病院の食事①

入院生活の唯一の楽しみと言っても過言ではない食事を紹介します。

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ある日の朝食です。小生は心臓に問題があるので減塩食です。一日だいたい6gくらいです。一般成人の現実の摂取量は12~13gくらいらしいのですkら、かなりの薄味です。

一日3食のトータルで計算されていますので、朝食にはお味噌汁がつくのですg、昼食と夕食に、汁物は付きません。

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同日の昼食です。

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こちらは夕食です。御飯は、毎食220gにしていただいていますが、さみしい食事です。

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脚のリハビリ

毎日、PTさんがやってきてくれて、約1時間、ベッドでのマッサージや廊下での訓練をくり返しておりました。

脚に関しては、前の藤枝市立総合病院で、杖を使った歩行うまでやっていたこともあって、比較的順調に進みました、

10月24日入院の時には、移動は基本的に車椅子だったのですが、記録によると、10月29日には杖を使って歩くことが許されるようになりました。

11月28日には、その杖もフリーとなり、独歩(何もなしで一人で歩く)ようになりました。

スタッフさんからは「速いわねえ」とほめてもらいくれましたが、実際、他の患者さんたちに比して、順調だったと思われます。これにはいくつかの要因があります。

① 仕事を休んで入院・リハビリを行っているのですから、職場では、私の分も頑張ってくれている同僚がいる訳です。『自分に与えられた仕事(指名)はリハビリを頑張ることだ』と使命感をもって、リハビリに望めたこと。=最初だけで、色々あって、このモチベーションが持続しないのです。

② 担当PTさん以外のスタッフの方も常に励ましてくれたり、指摘・指導的してくれたりと応援があったこと。

③内緒の話ですが、小生の担当PTのTKさんは女優の北川恵子さんに似た美人さんで、この方に教えてもらえるのが楽しく、またほめてもらおうと頑張ったことです。

③は幼稚園児レベルですが、一番大きな要因だったと振り返っています、

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転院&リハビリ開始

藤枝市立総合病院を10月24日(月)朝退院し、そのまま焼津の病院に向かい、即院となりました。

初日は軽い検査程度だろうと思っていたら、さっそく小生の担当となった作業療法士= OT(Ooccopatinal ottherapist)のTさんと理学療法士=PO(Physical  therapist)のTさんがやってきてくださり、 (お二人は偶然にも同じ苗字でした)

小生の現状確認をおこなうとともに、リハビリが開始しました。

小生のマヒしている左半身は、「弛緩「しかん」性とのことで、力が全く入らないタイプでしたので、左腕は、だらんと肩からぶら下がった状態で、「腕ってなんて重いんだ」と痛感する毎日でした。

さ、始まったばかりですよ。

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藤枝市立総合業院のリハビリそして別れ

入院も2週間以上となると、脳梗塞の原因である心臓の状態も安定してきましたので、日に2回ほど、リハビリ室にて、リハビリが開始しました。1回は歩行、1回は上腕です。

後者は一向に進歩がみられませんでしたが、歩行は平行棒を使って歩いたり、足に装具を付けたりしてがんばっていると転院間際には、スタッフさんが見守っていてくれれば、杖を使って何とか10m位なら歩けるようになりましたし、普段は車椅子での病棟内の移動も可能となりました。

Nさん、Yさん,本当にありがとうございました。

やリハビリを本格的に行うため、焼津の病院に転院することがきまると「あそこは厳しいぞ!」とおどされ、だんだん不安になってきました。

それに、とても優しく接してくれた若くきれい・かわいい看護師さん、AMちゃん、YAちゃん、MMちゃん、Tちゃんたちとのお別れになるわけで、とてもさみしかったです。

あたりまえですが、出会いがあれば別れもある、しかし彼女たちも仕事だったとはいえ、本当に申し訳ないくらいによく尽くしてくれました。

制服を着た天使です。惚れっぽい小生はセンチメンタルになっていました。

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脱走兵

前回書きましたとおり脳梗塞で藤枝市立総合病院に救急搬送され一か月館入院していたのですが、特に最初の三週間の記憶は、現実と夢と幻覚?が混濁しており、かなりあいまいであります。

しかし、病院スタッフさんや家族の言動、状況証拠からわかったことがあります。

それは小生が自分のベッドから「脱走」を企てたらしい、ということです。

当初は左半身が全く動きませんでしたので、企みは失敗しベッドから落ちたこともあったようです。

たぶん、自由が欲しい、喉が渇いた、一人でトイレにいきたい(ベッド→車椅子、車いす→便座、用を足した後も、便座→車椅子、車椅子→ベッドと全ての動作をスタッフさんが見守るのです。恥ずかしいやら申し訳ないやら))

実際、入院後半には、①ベッドの脇に落ちた時用のマットが24時間敷いてありましたし、②ベッドのシーツの下には圧力を感知するのでしょうか、起き上がるとわかるセンサーがセットされていました。

加えて、③ベッドの足元に三脚を立てたようなっ赤外線感知装置?もセットされていました。

これが、かなり性能が良く、寝ている最中に寝返りを打つと布団の動きを感知するようで、夜中でも、カチッと音がして、スタッフさんがとんできました。

転院が近いころには、病棟内を車椅子で動けるようになったのですが、ナースステーションに入れていただく機会がありちょっとショックをうけました。

ナースステーションの壁には、ナースコールを押すと〇号室〇〇さんかわかるように名前が書いたボードが点灯する装置が設置されているですが、小生の名前の横に何かマークがついているではないですか。

よく見ると「要注意人物」の印だったようです。。。。

3B病棟の皆さん、ご迷惑をおかけしました。本当にごめんなさい。

皆さんは入院した際には、お医者さんや看護師さん等のスタッフさんの言うことはちゃんと素直に聞きましょうね。

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脳梗塞

実は、昨年9月のことですが、自宅で倒れ、無断欠勤を不審に思い様子を見にきてくれた上司に発見され、藤枝市立総合病院に救急車搬送され、そのまま入院となりました。(9月23日)

診断は心原性脳梗塞(心臓を原因とする脳梗塞=不整脈等が原因で心臓内に血の塊(血栓)が生じ、脳の血管を詰まらせる)というものでした。

脳の右側がやられたようで、体の左半身がマヒとなり、当初は左脚も左腕も全く動きませんでした。t

加えて高次脳機能障害となったため、当初は今日が何月何日なのか、ここがどこなのかもわからなくなってしまい、最初の3週間くらいは現実のことと夢又は幻覚と、混濁してしまっていました。

そのうち心臓が落ち着いてきたので、早期にリハビリに取り組んだ方がよいとの主治医の判断から10月24日に焼津市内の病院に転院し、リハビリに励み、4月21日に退院となりました、

そんなこんなでしたのでブログの更新もできなかったわけです。

これからしばらくは、入院生活やリハビリの様子を書いていきたいと思います。

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おわび

 もう半年以上もこのブルグを更新しておりませんでした。楽しみにしている方はいらっしゃらないと思いますが、ここに深くお詫び申しあがます。

言い訳等は、追ってぼちぼち載せていきます。

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