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2011年5月

慰労ワイン会 平成23年5月28日(土)

 さて、土曜日に、長兄、友人Y、Oが、小生の福島県支援活動の労をねぎらってくれるということで、実家でワイン会を開いてくれました。といっても、ワインは任せておけないのでほとんど小生が用意しました。(う~ん、なんか違うような…。)

① シャンパーニュ エルヴェ・マルロー キュベ・レゼルブ ブリュト NV

Sany0465  楽天で大変お安く売られていたので、購入したシャンパーニュです。3品種がほぼ1/3づつというセパージュですが、軽めで、口開けにはちょうど良い一本でした。

② おつまみ

Sany0464 友人Yの奥様Hさんが持ってきてくれたお好み焼きです。こういったおつまみにビール感覚でお気楽なシャンパーニュを併せるのもまた楽しいものです。

③ ブルゴーニュ・ブラン2004 ポール・ペルノー

Sany0470  バタールやビアンヴィニュで非常に評価の高いペルノーですが、過去グランクリュを飲んだ時は固かったせいかあまり良い記憶が残っていませんでした。今回、7年熟成のブルゴーニュ・ブランが売られていたので再チャレンジしたものです。色はまだ麦わら色。香りは温度が低すぎたせいかあまりたってきません。味わいは、まさにピュリニー・モンラッシェを感じさせ、後味にかすかに苦みが残る(決してネガティヴなニュアンスではありません。)優れたワインでした。時間とともに香りもどんどん開いてきて美味しさを増して来ましたので、あと5年位は待ってあげた方がよかったのだろうと思います。

④ スペインワイン 2008

Sany0471  すみません、長兄が用意してくれたワインで詳細不明です。色は底が見えないくらいに濃い紫、洗練されているとは言い難かったのですが、食事に合わせるのには十分に美味しい一本でした。

⑤ エシレのバター

Sany0468  これが有名な「エシレ」のバターです。フランスでは、ワインがAOC法(原産地呼称統制法)により(品種・製法等を順守すれば)①や②のように「シャンパーニュ」や「ブルゴーニュ」と名乗ることができる=その地域・畑の個性が尊重され、保証される=ように、他の農産物でも同じように法によって保護されています。このバターもその一つ(AOP)で、「エシレ」はフランス中西部、大西洋に面した小さな村で作られる醗酵バターです。小生も名前は聞いたことはあったのですが、多分食するのは今日が初めてかもしれません。バケットに塗っていただくとそれはそれは濃厚な風味と味わいで、スーパーに売られている普通のバターはもう食べられなくなってしまうほどです。しかし、なんだか食べた記憶があるような。記憶の糸をゆっくりと手繰り寄せていくと25年以上も前、よく通っていたフレンチでパンとともに出されていたバターに酷似しています。何もしらない頃だったので、そうだったのか単に思い違いなのか…。でも、非常によい体験となりました。お気づきかもしれませんが、このバターは物好きな友人Oが持参したものです。ちなみに写真の木の容器に入っており、250g、1,900円だったそうです。

⑥ ポマール1988(ホスピス・ド・ボーヌ キュベBillardet)

Sany0472  ホスピス・ド・ボーヌは、1443年に創設された、貧しい人々や巡礼の途中で病に倒れた人々の治療を行った施術院で、貴族等から寄進された畑から作られるワインの販売益がその運用費に充てられているそうで、このワインはBillardetさんが寄進した畑の葡萄から作られたというものだと思います。

 既にすでに23年が経過しており色もかなり枯れてきていたので期待していたのですが、その味わいは、まだまだ若々しく非常に力強いポマールらしい一本でした。ポテンシャルに限界は見えたものの10年以上は楽に熟成を続けてより素晴らしいワインになったことでしょう。ちょっとかわいそうなことをしました。

⑦ ニアシュタイナー・オルベル 1976 アウスレーゼ (オルベルホフ家)

Sany0477 Sany0482_1 Sany0479_2  当然のことながら、最後はドイツワインです。ラインヘッセン地方のワインですが、ラベルをよく見ていただくとわかるとおり、リースリングとシルヴァーナーの混醸です。今、こうした表記は認められていないのかもしれませんが(勉強不足で申し訳ありません)、60年、70年代くらいのワインには普通に存在しておりました。1976年は戦後でも屈指のヴィンテージといわれていましたが、年月が過ぎてくると「酸」不足から、その評価をさげていった年です。

 ということで、このワインは今飲める状態にあるか、不安だったのですが、この色を見てください。金色に光り輝いています!確かに酸は足りないものの豊かな糖分が素晴らしかった天候を容易に想像させてくれます。とても幸せな一本でした。ちなみに記録を見ると2003.10.25購入とありますので、7年半以上も我が家で、すやすやとお休みになられていたことになります。きちんと保管してあげれば、ワインはその対価をおしげもなくさらしてくれます。

⑧ 本日のケーキ (パティスリー・クロシェット…4月のブログをご覧ください。)

Sany0474  今回も友人Oが特注してくれたケーキです。周りの緑はピスタチオ、オレンジはアプリコットか何かでしょうか、今回も見目麗しく、もちろん味も素晴らしいものでした。唯一残念なことは、予告ではチェコレートケーキのはずだったことです。本人は「貴腐にあうチョコレートケーキをと注文したのにマダムが間違えた!」と言い張っていますが、口下手なOのことをよく知る小生は、五分五分とみています。(笑)

 実はこれも小生にとっては想定の範囲内で、「すべて、まるっと、お見通しだ!!(大好きな仲間由紀恵さん風にね)」といった感じで、こうなる可能性を見越して⑦のワインを用意しておいた次第です。チョコレートケーキ用にはバルサックのシャトー・クリマン1980も準備しておりました。マダム、シェフ、次回は飾りは派手でなくてよいので、ワインにあいそうな濃厚なザッハトルテみたいな感じがいいな♪よろしくお願いしま~す。

 今回は、本当はもうちょっと良いワインを開けたかったのですが、福島行の前2週間は前倒しできる仕事をバリバリこなし、先週は福島中に溜まった仕事をバリバリとこなし、福島の旅程を含めれば19日休みなし状態だったので、精神的にも体力的にも疲れが抜けきれず、断念をしました。

 よいワインを飲むためには、事前の澱落し、温度、抜栓のタイミング、デキャンティングの有無、グラス等かなり気を使うし、自分のテンションをそこまで上げなければ楽しめないし、とにかくエネルギーが必要なのです。

 年を取ったと実感しない訳にはいきませんでした。

 でもワインは、我が家で健やかにお休みになって待っていてくれますし、健康でさえいれば、いつでも楽しめるから大丈夫!

 さあ、今週も一週間仕事頑張って、週末美味しいものを食べますよ!!!

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福島県(追記)

 昨日、福島に応援にいったことを書きましたが、今日、読み直してみると、書き足りなかったことがいくつかあることに気づきました。

 貴重な体験の中で皆さんにお伝えしたいことが、いっぱいありすぎて、まったくまとまりのない内容になってしまい、改めて小生に文章能力のないことを嘆いております。

 ということで、いくつか追記させていただきます。

1 先週は、南相馬市の市職員の方にご一緒させていただき、主に外回りのIさんとTさんにお世話になったわけで、このお二人の仕事に対する素晴らしい姿勢については先に書きましたが、加えて極めてやさしく、私達応援に赴いた者に対しても非常に気を使ってくださり、こちらが恐縮してしまうほどでした。また、避難されている方々とも数多くお話しさせていただきましたが、福島県の皆さんは、とても温厚で優しい方が多いなって、つくづく感じました。特にお世話になった市職員のお二人には改めてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

2 小生と一緒に現地に行った者の中には、避難所の運営にあたった者もおり、その方達から聞いた話では、とても良いとは言えない環境(福島県のとある村の設営の避難所)の中でも、文句ひとついわずにとても落ち着いていらっしゃったとのことでした。国内外のメディアでも日本人の秩序正しさ(一部例外はどこにでもいる)が報道されていますが、小生的には、これは①お年を召した方が多かったようですが、戦後の厳しい時代を生きてこられたということで、こうした環境を我慢できる方が多い、②東北地方ということで特に冬は厳しい自然環境の中で生活されていることもあり、じっと耐えることに慣れていらっしゃる、③皆さんやさしく②の事情もあり、相互に助け合って生きていく精神を持ち合わせている、ということがあるのではないかと推測しました。はたして、わが静岡県でも東海地震が来た際に同じように私達県民は対応できるのでしょうか。

3 昨日、たまたま精神科医の方とお話をさせていただく機会があり、今回の件(主に子供を中心に心のケアが必要である)についてお話しさせていただいた際、「もともと東北地方は、精神科医が少ない。とても心配だ。」とおっしゃっていました。国を挙げて考えなければならない大きな問題です。専門家のようなことはできないでしょうが、特に子供は、古き昭和の良き時代のように地域全体が、子供を我が子のように支えていく、という方法で、子供の心の傷が少しでも和らぐようにしていくことができるのではないのでしょうか。また、地元の大人だけでなく、日本全体が、被災した子供たちを見捨ててはいない、応援しているんだということを長期にアピールしてくことも必要ではないかと感じました。

 昨晩のニュースで、小生達が避難所を説明してあるいた南相馬市小高区(おだかく)の方々の「警戒区域(20km圏内の強制避難地域)への一時立入り」が実施された映像が放送され、見入ってしまいました。当初の方針より防護服が軽微になるなど、配慮されたことがわかり、少しでも前進したことにちょっとだけホッとしました。

 被災された東北・北関東の皆さんへの応援はこれからも続けて行きたいと考えておりますが、ご縁があって南相馬市の方々と接することができましたので、小生は特に南相馬市を応援し続けるつもりです。

 そして、いつの日か、南相馬市を訪れ、お世話になった市職員のお二人と一緒に杯を交わしたい、と強く願っています。

 皆さんもご協力をお願いします。

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福島県の応援に行ってきました。

 さて、東北大震災から2か月以上たった訳ですが、義援金以外に何か直接お手伝いできることはできないかとずっと考えていたんですが、ようやくチャンスが回ってきまして、先週、福島県に応援に行ってきました。

 小生は、お給料をいただいている、いわゆるサラリーマンの身で、職場の労働組合に所属しています。その組合が全国組織に加盟しており、その団体が募集を行っていることを知りました。

 今回は、①小生の職場には「ボランティア休暇」なる制度があり、最大5日間のお休みがいただけること、②一月サイクルで仕事をしており、月の中旬はなんとかやりくりすれば仕事への影響を最小限に抑えることができたこと、等から速攻で志願したものです。

 5月14日(土)17時福島市内のベース・キャンプ(ホテル)に集合、17:30からの説明会で初めてどこに派遣されるか、どんな業務を行うのか、発表がありました。

 小生の業務は、福島第一原発から北におおよそ15~35km程に位置する「南相馬市」の市の職員の方のお手伝いとなりました。(TV等でもお聞きしたことがある市だと思います。)

 といっても、活動場所は現地ではなく、福島市内です。というのは、南相馬市市民の方は確認されているだけで44都道府県に避難されているそうで、福島市内にも約2,900人の方が避難されています。その方々への行政サービスを行うために、4月20日に福島市役所の9階の一角に「南相馬市役所 福島市出張所」が設置されたので、基本的にここでの活動となりました。

Sany0426  これが最近できたという福島市役所です。免震構造ということで建物自体には被害はなかったようですが、外構には、今も傷跡が残っていました。

Sany0387 Sany0413  こんな感じで、20㎝ほど陥没しているところがあります。

Sany0429 Sany0431  これが、その出張所です。課長さん以下4名+非常勤さん1名の体制です。

 この事務所で、お見えになるお客様や電話の対応をサポートする業務もあったのですが、小生の業務は、市職員の方とペアを組んで、市内に74箇所ある避難所をまわるという内容で、15日(日)から20日(金)まで、毎日、多くて5箇所ほどを朝から夕方まで訪れるというものでした。

 具体的には、避難されている市民の方々に①仮設住宅の申し込み、②自ら探すアパート等への補助金、③警戒区域(20km圏内)への一時立入り、④身元不明者判別のためのDNA提供依頼等の説明をすると同時に、皆さんの困っていること、要望等をお聞きする(最終的に市役所対策本部に情報提供する)というもので、基本的に説明は市の職員の方が行い、小生は主に記録を行うというものでした。

 簡単に書きますと、こうした業務の繰り返しですが、要望事項等の時間になると、避難されている方々の不満が爆発という会場もあり、矢が嵐のように飛んで来る訳です。

 2カ月も避難生活を余儀なくされ(8か所目という方も)、市の対応が十分ではなかったということや、東電への怒りもあり、こうなってしまった訳です。

 市の職員の方の名誉のために補足をさせていただきます。県市町という地方自治体は、普段の業務を行う限りにおいては、人件費等の面から小さければ小さいほど良いわけで、事実、全国的に人員の削減が進められてきました。しかしながら、今回は「地震・津波・原発事故」という極めて異常とも言える状態であり、義援金の支払い一つとっても22,000件を素早く行わなければならず、職員が絶対的に足りなく、非常に厳しい状況にあります。また、もう一つ大事なことは、職員の皆さんも「被災者」であるということです。事実、小生とパートナーを組んでくださった市職員の方は、20km圏内の警戒区域(強制避難区域)の方で、身一つで避難をしてきたそうで、家は大丈夫だったものの、生活に必要なものが取りにいけない、義援金もまだいただいていない、という状況でした。

 小生は、「静岡」というゼッケンをつけて業務を行っていたんですが、当然のことながら、小生にも矢は飛んできます。ある会場では、説明会が終わると小生の前に来て「神奈川県で茶葉から放射線が検出されたけど、あれは福島原発の放射線じゃなくて、浜岡原発の放射線よ!!」とい言ってきた女性がいらっしゃいました。そのくらいに、皆さん、相当精神的に大きなストレスを抱えているのです。 こうした繰り返しの一週間でしたから、小生もかなり精神的に疲労しました。しかし、市職員の皆さんは小生の百倍は疲れているはずですが、「避難されている皆さんは、どこにも不満を言うところがない。せめて私たちにその不満をぶつけることで、少しでもストレスの解消に役立ってくれれば…」と、堪えており、その姿勢には強く心打たれるものがありました。

 活動最終日の21日(土)はさすがに職員の方もお休みをいただかないと倒れてしまう状態なので、外回りはなし。しかし、出張所は空けていますので、小生は、申請や相談にお見えになる方々のお相手をしたり、電話番・雑務をこなしつつ、一週間の各説明会場の質疑等の記録・要望事項の取りまとめ、現場で回答できなかった質問への回答づくり等であっというまに一日が過ぎてしまい、全ての活動を終えました。

 今回、どれほどのお役にたてたかというとお恥ずかしい話、「ほんのわずか」だったと感じていますが、少しでも市職員の方々の負担の軽減にはなったかな、とは思います。

 福島市内は、よく見ないとその傷跡は見つからないほどですが、現地に行った同じ支援グループの方に聞くと、主に海岸地域は、まさにTVでみる以上だった、とのことでした。

 また、一部報道では、支援物資も十分・ボランティアも不要、とありますが、まったくそんなことはありません。

 避難所には一次と二次があるのはご存知でしょうか。一次避難所は、TVでよく見かける体育館等です(4箇所)。ここは、①段ボールで囲まれはいるがプライバシーがない、②集団での生活になるので感染等疾病のリスクが高い、等のマイナス面はありますが、食料や衣料、生活用品等の物資は十分にあります。また、県が福島市内のホテル・旅館を借り上げており、これらを二次避難所と呼んでいます(70箇所)。多いところでは100人を超えていますが、2名といった旅館もあり、こうした方々に支援物資をお渡しするシステムが構築されていません。現状では、市職員による対応はとても無理なので、NPO等のボランティアに頼らずにはいられないと思います。

 さらに、この二次避難所も、政府の「お盆前には仮設住宅全部を準備する」といった方針を受け、基本的には7月末までとなっています。しかし、南相馬市に限って言えば、国への仮設住宅建設要望が5,000戸に対し、先週現在、910戸しか募集ができない状態で、用地問題から残りの目途も立っていない状況で、7月末までに間に合わないのはあきらかです。ホテル・旅館は、一泊3食付で5,000円という条件ですから、これ以上の避難された方々の受け入れは経営的に苦しいというホテル・旅館も多く、これらをどうするかも大きな問題です。

 加えて、①学校の教育問題(例えば、小学生は避難先の福島市の学校に通っている訳ですが、一年間転校は認められず、住まいとの兼ね合いが難しい。また、例の放射線によるいじめもありメンタル面でのケアも非常に重要)、②働かなくては生きていけないが「職」がない、などなど、山積みです。

 もう個人や市・県でどうにかできる、といったレベルではありませんが、個人的には私達一人一人が今後も支援を続けさせていただかなければと強く感じました。

 皆さんにもできる範囲で結構です。全国民が真剣にこの大きな問題に取り組んでいく必要があります。応援していきましょう!!!

 

※ おまけ(その1)

 小生は福島市内でしたので、大きな被害の現場をお知らせできませんが、折角ですので、撮ってきた写真を紹介させていただきます。

Sany0404 Sany0405  これは、福島市役所にほど近い福島県北保健福祉事務所の建物外構です。

Sany0424  ちょっとわかりづらくて申し訳ありません。屋根の一部にブルーシートがかかっているのがお分かりでしょうか。山の尾根にあたる部分です。普通の屋根瓦とは違った特殊な瓦を使っているらしく、供給が間に合わず、お聞きしたところ2年待ちというお宅もあるそうです。

※ おまけ(その2)

 最後に、書いてよいか迷いましたが、せっかくですので、メディアでは伝わってこなかった情報を二つほど紹介します。これは避難されている方々から直接お聞きした話です。

① 避難所に某市議会議員がやってきて「あれをやります。これもやります。」と言って回ったとのことです。小生達は避難されている方々から「それは本当にやれるのか!」と聞かれましたが、市職員さんによるとまったくそんな予定はないとのことでした。また、次の市議会議員選挙を狙って同様の動きをしている者がいる、ということでした。ごく一部だとは思いますが、まったく議員さんという種族は…。これ以上は言いません。

② 20km圏内の警戒区域から避難された方の話です。某NT○という誰でもしっている通信事業会社の「フレッ○光」に加入していたらしいのですが、地震のあった3月11日まで、しっかりと日割りで計算し、請求してきたそうです。被災県の全員とは言いませんが、せめて強制的に避難を余儀なくされた方に対しては減額や免除といった対応ができなかったのでしょうか。でも、さすがに超一流の企業ですね。ここまでするとは。商売熱心です。

 ここにはとても書けない厳しい実情も知りました。お知りになりたい方はご連絡ください。もっともっと応援が必要と感じていただけると思います。

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正体不明のグラス

 できれば、このブログには、色々なカテゴリーの内容をバランスよく掲載したいと心がけています。

 今日は、ヤフーオークションで落札し、先週届いたグラスを紹介します。

Photo

Sany0370  すみません、未だに写真がうまく撮れなくて…。

  このグラスの大きさは写真に示されたとおりなので、たぶん、シェリー用だと思われます。まあ、これが、とにかく薄くて軽くて、極めて優美なフォルムを持った非常に優れた品であるということは間違いありません。写真からは素晴らしさの1/5も伝わらないのが残念です。手に取っていただければ直ぐに感じていただけるのですが…。

 こうなると、当然、どこのメーカーのものか、ということがちょっと気になるのですが、形、質感は完璧にロブマイヤーの「パトリシアンⅢ」といった感じです。

 しかし、ご覧のとおり、このグラスは薄いセピア色をしており、ロブマイヤーがパトリシアンシリーズを無色透明以外のガラスで作ったというのは聞いたことがありませんし、出品者様もメーカーの特定にはいたらなかったとのことでした。

 小生の場合は、バカラやロブマイヤーであってもなくてもどちらでも構わないのです。その事実とこのグラスそのものの魅力とはまったく別ですから。手放すことは全く考えておらず、収集だけをしている小生にとっては、逆にメーカーを名乗らないで出品していただいた方が確実に安く落札できるので好都合。モノさえ素晴らしければどこのものでもいいのです。

 どこかのメーカーがパトリシアンをコピーしたとしても、これだけの出来なら、制作した人の技術を高く評価したいとさえ思わせます。

 価格は、開始価格から気持ち高くなった程度で、質からすれば、かなりのお買い得品となりました。

 これだから、ヤフー・オークションはやめられないなぁ~。あぶない、あぶない。

(追記:福島県に行った際、東海道新幹線と東北新幹線との乗り継ぎの時間があったので、八重洲口を出て高島屋に寄ってみました。ロブマイヤー売り場には、透明のグラスのみと思っていましたが、このような薄めの色のグラスが何色かありました。ますます怪しい…)

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家飲み 平成23年5月3日(火)

 GW真っ只中ですね。天気もとても穏やかな春らしい一日です。

Sany0359  ここ静岡県藤枝市の市の花は「藤」です。駅南のターミナルに設置された藤棚の藤は満開で、風に揺らいで、とても素敵でした。

 と、いう訳で、今日も家でゆっくりと飲むこととしました。(今日は言い訳になっていない…。)

 Sany0332 もう四十九日も過ぎたんですね。今日も皆様にお花を。

① とりあえずのビール(またまたうそです。発泡酒です。)

Sany0334  おつまみは、散歩の途中の無人販売で購入した新玉ねぎです。どう料理しようかかなり悩んだのですが、やっぱりストレートが一番と鰹節と青じそドレッシングをかけていただきました。水にさらさなくても十分。しゃきしゃきとした歯触りといい、軽い苦みというか灰汁というか、春らしく美味しくいただきました。

② 本日のワイン プリンス・デ・バオ(スペインワイン:白・赤)

Sany0340  とてもお安いのですが、変なに癖もなく、テーブルワインとしては十分合格点を与えられます。立派です!

③ トマトのマリネ

Sany0343  先週土曜日、久しぶりにいつもお世話になっているイタリアンにお邪魔してきました。新たにメニューに加わっていたのが、トマトのマリネでとても美味しくいただきました。マダムは「居酒屋の冷やしトマトです」とおっしゃっていましたが、肝心の作り方を聞いてくるのを忘れてしまったので、適当に再現したものです。と、いってもスライスしたトマトをバルサミコ酢とオリーブオイルに数時間漬け込み、お皿に盛ってからちょっと塩を振っただけです。正直なところトマトはあまり熟していない少し硬さが残るものでしたが、マリネすることで適度に柔らかくなり、また、未熟な部分をバルサミコ酢の甘さが補ってくれて、満足のいく一品となりました。

④ イカとブロッコリーの炒め物

Sany0346  軽く湯がいたブロッコリーとイカを、強火でさっと炒め、中華スープ(塩味)で味を調えました。イカはやわらかくしあがり、ブロッコリーは適度な固さを残し、これも美味しくいただきました。

⑤ シラスと浜名湖産青のりのパスタ

Sany0351  TVの料理番組(店舗紹介)でこんな感じの料理を作っていたのを見て、これまた適当に仕上げた一品です。なんか、磯の風味たっぷりで、これもなかなかよくできた一品となりました。

⑥ スペアリブ

Sany0354  スペアリブは、醤油、日本酒、すりおろしたニンニク・生姜、それにマンゴージャムで作った下地に4~5時間漬け込んであります。付け合せは、バターで炒めた法蓮草です。マンゴーのおかげでしょうか、お肉は固くならず、しっとりと、かつパリッと焼き上げることができました。今日一番の出来です。

⑦ デザート 柏餅

Sany0356  まもなく子供の日ということで、柏餅を選びました。白は漉し餡、ヨモギは粒餡。好みは後者かな。甥っ子憎のY1とY2、吉田町のSとK、職場の同僚のOさんちのチビ1とチビ2、みんな健やかに育ちますようにと祈っていただきました。なおさらうまいなあ~!

⑧ 食後酒

Sany0357  デザート食ってたから終わりだと思ったでしょ。甘い!今日は自家製梅酒の炭酸割です。つまみは、おなじみの「雪の宿」。難点は、とまらないことです。

 今日も、たくさんいただいてしまいました。今日の経費はどのくらいだったと思います?梅酒と調味料を除いて、おおよそ1,700円でした。(ワイン代も含んでいます。)

 頑張ったな~。予算との差額は、義援金ではなく支援金に回したいと思います。

 十分に休養をいただきましたので、休み明け、またバリバリ働きますよ。そして当然のことながらいっぱい飲んで、食べます。(笑)

 皆さんも健康に気を付けて頑張って働いて、いっぱい使いましょうね。景気回復が第一です!!

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ドイツワイン個人輸入 その2

 さて、過日、ワインを個人輸入したと書きましたが、そのうちの1本を紹介します。

Wiltinger_kupp_riesring_auslrse_195  このワインは、「Wiltinger Kupp 1957 Riesling Auslese(ヴィルティンガー・クップ 1957 リースリング アウスレーゼ=ヴィルティンゲン村のクップという畑で取れたリースリングという品種のアウスレーゼという等級のワイン)」といいます。

 なぜ、購入したかというと、この年が長兄と友人Oの生まれた年だからです。

 1957という年は、ヨーロッパのどこの国でも、はっきり言って「バッド・ヴィンテージ」でした。ドイツでも同様にひどかったのですが、まさか、モーゼル(正確にいうとザールです。)でアウスレーゼが作られ、今も残っているとは思ってもいませんでした。

 モーゼル地域は、ドイツの中でも特に栽培が困難とされ、規制も一番緩くなっています。(※ この点は改めて書きますね)今でこそ、毎年当たり前のようにアウスレーゼが作られていますが、昔は、アウスレーゼを作るだけの糖度があがるというのは、10年に数回といった感じだったようです。(当地では、今の状況は「温暖化の影響である」とのいうのが常識のようです。)

 54年も前のこの困難な年にアウスレーゼを作るのは、本当に大変だったと思います。

 届いたワインは、結構色づいており、はたして飲める状態にあるのかわかりませんが、このワインが入手できただけでも幸せに思っています。

 本当は、反則なのですが、とある方のブログにこの畑の写真が載っておりましたので、ちょっとお借りしました。申し訳ありません。

 小生もドイツに行ったことはないのでお恥ずかしい限りですが、こんなに急峻なところ(たぶん50度は超えています)で葡萄が栽培されているのです。生産される方の苦労を思うと…。ますますドイツワインが愛おしくなるばかりであります。

Photo

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ドイツワインの現状と問題 その1

 前回、カテゴリーにドイツワインを新たに作成しましたので、まずは、小生なりに考えた現状と問題を書かせていただきます。

 その前に言い訳になってしまいますが、小生は、ワインの業界に身を置くものでもなく、ソムリエ等の専門的知識を有する者でもなく、あくまでも素人の愛好家であるため、内容に誤りがあったり、偏見が多々あろうかと思います。また、後述しますが、ドイツワインに関する情報があまりにも少ないという現状もありますことから、この点について、ご勘弁くださいませ。

 現在、世界の何か国でワインが生産されているかわかりませんが、ブドウは、年平均気温10℃から20℃の等温線の範囲内、そうですね、北半球で言えば北緯30度から50度、南半球では南緯20度から40度の範囲で栽培されてるそうです。

 信頼できるデータが手元になく情報が古くて申し訳ありませんが、「2006 ソムリエ協会 教本」に掲載された2003年のデータによると、世界のブドウの栽培面積は約800万ha、ワイン生産量は約2,670万KLとあります。

 うちドイツワインの生産量は、世界第9位、約82万KLとのことですから、全世界の約3%ということになります。少ないですね。しかし、とある酒販店さんの話では、1970年代では、日本のワイン国別輸入量はフランスを抑え1位だったこともあるそうですが、2009年時点では、第7位になっているそうです。

 問題の第一番目は「輸入量が激減しているのではないか」ということです。(ただし、ドイツにおけるワイン造りの傾向は明らかに辛口嗜好に移行しており、小生の申し上げているのは甘口ワインに限ってのことで、辛口ワインに限定した場合は、ちょっと違うようです。)

 毎日、数多くのワイン販売店様からメルマガをいただいていますが、ドイツワイン入荷のお知らせは、多分、0.5%にも満たないと思います。毎日、よくこれだけのワインが入荷するな、と感心するほどの情報をいただいているにも関わらずです。

 小生は、「楽天」で定期的に「ドイツワイン」に限定して、価格の高い順に並べて、5,000円程度までのワインをすべてチェックするという暇なことをやっていますが、ここ1年くらいは、比較的高額なワインは「エゴン・ミューラーのシャルツホフベルガー」以外はほとんど入荷していないのではないかと思います。もちろん、高額なワインは生産量も入荷量も極端に少ないので、HP等に載ることなくコアなお客様に直接流れているということもあるとは思いますが。

 実際に酒販店の店主さんにお話を伺っても、「ドイツワインは売れません。輸入業者さんも売れないので輸入をやめてしまったところも多いです。」とのことでした。

 これが世界的な状況なのかというとそうではないらしく、中国などを中心に輸出量は増えているとのことでした。

 どこの国のワインもそうですが、ワインの質・量はよくピラミッド型で表現されることが多いです。普段飲みのテーブルワイン(ピラミッドの底辺)の量が多く、上質なものほど量が少ないという三角形をなしている訳です。

 小生は、ほどほどのワインももちろん好きでありますが、やっぱり頂点のワイン(スピッツェエンヴァイン)を求めており、こうしたワインは、畑・生産者・ヴィンテージの関係もあり、生産量は限られています。

 前回、個人でドイツから直接取り寄せたお話を書きましたが、値段を見ると、新しいヴィンテージのワインは、ドイツとさほど変わらないというものが多くあります。これは、長い間、輸入業者様が生産者と築いてきた信頼の元、少ないワインを良心的な価格で卸していてくれているからだと思っています。

 また、こうした信頼関係からの輸入のおかげで本国より入手しやすいワインもあるようです。

 これから、日本国内では、ますます素晴らしいドイツワインの入手は困難になっていくでしょう。(それでも、熱心にドイツワインを輸入してくださる業者、販売してくださる店舗さんは確実に=非常に少ないですが=いることだけは大変ありがたいことであります。)

 話が、長くなってしまいますので、本日はここで一旦、おしまいとさせていただきます。

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